仲間 第六十七代総務 三浦 莉央

皆様こんにちは。

一橋大学体育会應援部第67代総務を務めます、三浦莉央と申します。

野沢に回してもらいました。野沢のお母さまに推していただいているということで、大変光栄です。最近ステージや応援を見に来てくれている私の父も、実はすっかり野沢の格好良さに魅了されたようで、「野沢さんと飲みに行きたいなぁ!」などと言っております。果たして実現する日は来るのでしょうか。野沢、検討お願いします(笑)

 

さて、引退ブログということですが、同期の日記を読むたびに、「そろそろ自分の番か……。」と頭を悩ませておりました。前回、一橋祭後に書いた部員日記は何度も書き直して結局淡白な内容となってしまったので、今回は当日にいきなり書いてみることにしました(何かが変わるわけではないのですが)。大したことは書けないのですが、お付き合いいただけますと幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は悶々としています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その理由を述べる前に少々自分語りをしてしまいます。ご容赦ください。

2019年春、私は應援部に飛び込みました。この表現が一番正しい気がします。ダンスや楽器が得意なわけでも、応援が好きで誰かを元気づけたいわけでもなく、幼稚園からなぜか続けていた「チアダンスをやりたい」という想いで、まずは應援部に興味を持ちました。
正直、ダンスの系統は今まで踊っていたものと違いましたし、大声を出さないといけないし、新歓期のパフォーマンスを見て、「ちょっと違うかなぁ。」と思っていました。しかし、気づいたら何回も何回も新歓に行っていました。そして「もし入部しなかったら自分の人生からこの人たち(先輩方・OBOGの皆様)がいなくなってしまうのか。」と漠然と思ったのでしょう、應援部から離れることができなくなっており、勇気を出して一歩前へ踏み出してみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

踏み出した先では、人生が180度変わりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これまでスポーツに関心がなかったのに、気が付いたらその楽しさ・熱さに熱中し、応援が大好きになりました。応援のための戦闘力(と私は呼んでいます)であるダンスや楽器、絶叫、笑顔も大のお気に入りとなりました。

 

これまで頻繁に遠征することなんてなかったのに、今ではどこへでも他大学の演舞会観覧へ行けるようになりました。今ではすっかり多様な応援団文化を楽しんでいます。

 

これまで大学や地域との繋がりなど、気にしたことはなかったのに、今では国立の街も一橋大学も第2の故郷のように思っています。最近は寄り道が多くなってしまいました……。

 

これまで学校では「おはようございます。」「お願いします。」「ありがとうございました。」「さようなら。」しか言葉を発さない日も少なくなかったのに、話す量が100倍になりました。誇張していません。

 

これまで笑顔ができなさすぎて、温厚なチアダンスのコーチを本気で怒らせたこともあったのに、「いつでも笑顔」を叩きこまれました。顔の筋肉が攣りました。ほうれい線も濃くなりました。現在は口角の上げ方研究中です。

 

これまで友だちとプライベートで遊ぶことなんてほとんどなかったのに、誘ったり誘われたりできるようになりました。気軽に都内で遊ぶことも、ロシアに飛び立つことも……etc。

 

これまで人前で話したり、仕切ったりなんて本当に本当にできなかったのに、今ではかろうじて話せるようになりました。なんと教育実習で授業もできました。

 

今までひとりでいても何もさみしくなかったのに、今では気づいたら「誰かいないかなぁー。」と探してしまうようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうわけで何が言いたいかと申しますと、私の目下の悩みは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで仲間が増えないんだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということです。わかりづらくて大変申し訳ありません。つまり、「私の人生は應援部に入ってこんなに豊かになったのに、ここはこんなに素敵な場所なのに、どうして仲間が増えないのだろう。」と悶々としているのです。

 

あまりに個人的で主観的、自己中心的な考えであることは承知の上です。人が何を思って団体に所属し、その先続けるか辞めるかなんて、その人次第ですし他人がどうこう言えることではないと思います。ただ自分の場合は、素晴らしい出来事や人々に巡りあうことができ、人生が豊かになったので、きっと他の人もそれぞれ素敵な体験をできるだろう……という根拠のない希望を持っているのです。

 

このように書くといい面ばかり書いているように思われてしまいますが、これは本当に正直な気持ちです。私は「自分は應援部に向いていないな。」と思うことは何度もありましたが、「辞めたい」と思ったことは一度もありませんでした。おそらく中学校・高校時代に培われた(?)忘却能力で自然と記憶が薄れてしまうので、いくら怒られても、失敗しても、悩んでも、次の日くらいには「今日こそは!」と思うことができたからかもしれません。(某3年リーダーが私に付けてくれたくれた異名(?)「忘却の天才」はピッタリだと思います。実は結構気に入っています。)

 

 

 

現在部員は16人。第67代が卒部すると新たな仲間が増えるまでは9人となります。9人が紡ぎ出す「応援」(ここでは應援部の活動すべての意味を込めて「応援」と記します。)はどのようなものになっていくのでしょうか。きっと9人それぞれが個性豊かな「応援」をしていくのでしょう。これから楽しみで仕方がありません。とはいえ、それなりの人数がいないと届けたい「応援」を実現できないことも事実です。現体制においても、渉内の応援では楽器を1台減らしたり、役割を兼任したりして何とか応援をしています。ステージも自分たちで楽器も吹くとなるとギリギリ回るか回らないか、という状況です。細かい話ですが、一橋祭における模擬店のシフトもほとんど休みなしで回してもらいました。

 

 

今年の新歓では、個を大切にすることに重きをおきつつも、数への意識も持つようにしていました。もともとは「数は関係ない!やりたい人がやればいい!」と思っていましたが、組織を運営する立場になってからは、そうしたことも言っていられないことに気づいたのです。今、應援部は「ここで入部しなかったら、この人たちとの繋がりがなくなってしまう。それは嫌だ。」と1年生の頃の私が思えたような団体になっているでしょうか。一緒にいて心地よい雰囲気を作り出せているのでしょうか。私自身、そのような人間になれているのでしょうか。答えは人によって異なると思います。

この団体は厳しいことは厳しく、ふざけるときは全力でふざける団体です。きっと万人受けはしません。人により合う・合わないはあると思いますが、「雰囲気が良い」という抽象的な感覚は結構大事だと考えます。団体の「雰囲気」はきっと、個人による日常の行動ひとつひとつから醸成されます。そうして、漂う「雰囲気」(+その他)に誘われて仲間が増えていき、また新たに素敵な「雰囲気」となった應援部が「一橋大学全体をチアアップしていく」、そんなサイクルができるといいなぁとぼんやり思っています。

 

 

 

 

どんよりとして、真っ黒黒だった私の「雰囲気」は、少しは明るくなったでしょうか(笑)

自分ではグレーくらいにはなった……と思いたいです。まだまだなので、今後の人生でも明るくできたらいいなと思います。基本的に、明るいほうが出会う人の気持ちもよくなりますよね。(今更ながら。)

 

 

 

長々と脈絡なく書いてしまい大変恐縮です。ここまでお時間をいただきありがとうございました。とにかく、應援部に入ってよい経験をすることができる人が増えることを心から願っています。

 

 

 


2019年の初練習

 

 

 

2022年の初練習

 

 

 

 

 

次は梶谷です。梶谷はすでに書き終えているようなので、楽しみですね。最近は「国立を楽しもうの会」を結成して、ことある度に訪れたことのない飲食店に行っております。いろいろ話せて楽しいです。

次の更新まで今しばらくお待ちください!

 

一橋大学体育会應援部 第六十七代総務 兼 厚生 三浦 莉央