一橋会々歌「長煙遠く」

長煙遠く棚引きて
入相の鐘暮れてゆく
隅田の流れ夕潮に
オールを輕く浮ばせて
秋西風に嘯きし
その豪快のあとかたや

あゝ一ツ橋空高き
母校の春の朝ぼらけ
銀杏の梢青葉して
若き光の冴ゆる時
梧桐の影に語らひし
その歓楽のあとかたや

瘴煙こむる南洋に
暁天の星さゆる時
寒嵐むせぶ西比利亜の
荒涼の月仰ぐとき
思ひを馳せて一ツ橋
母黌の姿君見ずや

狂瀾山と湧くところ
清き理想の海原に
希望の星を涵すべく
さらば我友諸共に
蛟龍の意気胸にして
いざ雄飛せん五大洲

中田庄三郎作詞

解説

一橋会歌「長煙遠く」 明治37年に、「一橋会」の会歌として作詞作曲され、当時校歌のなかったわが校では校歌のように大切に歌われてきた歌である。 「一橋会」とは、学生・卒業生・教職員を一体とした共同体のことである。 歌詞自体は上中下とあるが、現在では歌われるのは下の4節のみ。 最後の「蛟龍の意気胸にして いざ雄飛せむ五大州」は一橋生が世界に羽ばたき活躍するよう高らかに歌い上げている。 蛟龍とは「呉書」の故事成語「蛟龍雲雨を得」からとられたもので、また大学が所有する最も大きく最も美しい校旗の名もこの故事成語からとられており「蛟龍旗」とよばれている。 一橋は明治42/43年の辛酉事件を始め、幾多の危急存亡の難局を経験し、これらの事件に際して学生達は大学に籠城し、この一橋会歌を歌って母校を守ったといわれている。